大判例

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金沢地方裁判所 昭和28年(行)5号 判決

原告 伊藤定次郎

被告 国

一、主  文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告は「被告は原告に対し金二千円を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告の長男は元飛行上等兵として「ニユーギニヤ」方面に出征中昭和十九年三月二十七日戦死したのでその遺族である原告は恩給法第三条、第七十三条に基き同年四月分よりの扶助料の請求をしたところ、被告はポツダム宣言に基く同二十年十一月二十四日付「恩給年金及び利益」に関する覚書の受諾により同二十一年一月三十一日付勅令第六十八号を発布したが、右勅令には第一条第六号に扶助料をも規定してあるから原告に対し扶助料を支給することはできないとした。右勅令は講和条約発効後も同二十七年四月法律第八十一号を以てポツダム宣言に基く勅令を廃止し乍ら同法律第三項でこれを有効として存続せしめ、同二十八年八月一日ようやく恩給法の一部改正により扶助料の支給をされる運びとなつた。

二、以上要するにその間九年間扶助料が支給されなかつたのであるが、右は被告が前述の覚書によれば軍人恩給の支給のみを禁じて居るのにこれを誤解し、勅令第六十八号で扶助料をも含めて軍人恩給の支給の禁止の処分をしたからであつて、結局右被告の違法な処分によつて原告は金二千八百八十円(現行恩給法により原告に対し支給される扶助料一ケ年金三百二十円の九ケ年分)相当の損害を受けたからそのうち本訴に於て金二千円の賠償を請求する次第であると述べた。

被告国指定代理人等は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、原告の長男が原告主張の頃戦死したこと、及びその後原告に対し扶助料が支給されていないことは認めるが、被告には原告が本訴に於て主張するような違法な処置をとつたことはなく、従つて原告に何等の損害賠償請求権はないと述べた。

三、理  由

原告の本訴請求は要するに被告国が昭和二十年十一月二十四日付「恩給年金及び利益」に関する覚書の解釈を誤り、右覚書に基いて誤つた内容の勅令第六十八号(同二十一年一月三十一日付)を発布したが、右は被告国の違法な処分であると云うにあるのでその点について審究すると、

日本国は昭和二十年八月十四日ポツダム宣言を受諾して連合国に所謂無条件降服し、その受諾は正式には同年九月二日降服文書に調印することによつてなされたものであるが、右文書に於て日本国は「ポツダム宣言の条項を誠実に履行すること並に右宣言を実施するため連合国最高司令官又はその他特定の連合国代表者が要求することあるべき一切の命令を発し、且かかる一切の措置をとること」を宣言し、そのため同年勅令第五四二号「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件」(議会の承認により法律と同一の効力を有するに到つた)を発布し、ここに日本国は連合国最高司令官の権力の下におかれ、最高司令官の指令のもとに日本国は自ら現実の統治を行う間接管理の方式がとられた。而して日本国政府は右指令に従いとるべき一切の行為について最高司令官に対し直接責任を負い、最高司令官は之に関する事項を一般的に政府の措置に任せてはいるが、それに関する手続の如何なる段階においてもこれに介入する固有の権限を保留しているのであるから、従つて指令に基き日本国政府の執つた措置が適当かどうかを判断する権限は窮極の責任者である最高司令官にのみ帰属し、もとより日本国の裁判所の裁判権に服するものではない。(最判昭和二十四年七月十三日大法廷判決集三巻七号九七四頁参照)

この見解に立つて本件を観るときポツダム宣言第六項には「われらは無責任な軍国主義が世界より駆逐せらるるに至るまでは平和、安全及び正義の新秩序が生じ得ざることを主張するものなるをもつて日本国民を欺瞞し世界征服の挙に出ずるの過誤を犯さしめたる者の権力及び勢力は永久に除去せらるべからず」とうたい、而して右条項を実施し日本における軍国主義を根絶するため、一先づ同二十年十一月二十四日には連合国最高司令官代理H・W・アレンの「恩給年金及び利益」に関する覚書を示し、右覚書により日本国政府に軍務に因つて生ずる公私一切の恩給その他の給与金、補助金の支払を停止することを要求し、続いて同二十一年一月四日には「公務従事に適せざる者の公職よりの除去に関する件」と題する覚書を示して軍人等軍国主義者を公職より追放することを指示したのであつて、右は連合国の日本民主化の基本政策を遂行するための第一の重要な課題であり、右指令を受けた日本国政府は同二十一年二月一日勅令第六十八号「恩給法の特例に関する件」を制定公布する等してその要求に従つたものである。そうであるから政府のとつた措置が右覚書の趣旨と異るものであるならかかる重大な課題を その責任に於て処理する最高司令官が自らの判断においてその非違を指摘し政府に新たな措置を執らせ得たのみであつて、今となつてその政府の執つた措置が誤りであるとして日本国の裁判所に判断を求め得るものではない。以上説示したところより明らかなとおり日本国政府のとつた右法律第六十八号が前記覚書に反するかどうかについて我国裁判所に裁判権がないから原告の本訴は不適法なるものとして却下すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 観田七郎 柏木賢吉 古崎慶長)

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